高山良二さんのwikiプロフや経歴!家族は妻(奥さん)は?現在の活動を調査!

2019年6月13日(木)19時57分~20時54分に奇跡体験!アンビリバボー【知られざる世界を変えた日本人】が放送されます。

今回の知られざる世界を変えた日本人は、高山 良二(たかやま りょうじ)さんという方です。

現在、NPO法人 国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)理事長をされながら、地雷処理専門家としても現役で活動をされている方です。

奇跡体験!アンビリバボーでは、高山良二さんのカンボジアでの活動内容を中心に、自衛隊員を辞めてまでカンボジアでの地雷撤去活動をすることになったのか?などを紹介。

そこで、この記事では、高山良二さんのwikiプロフや経歴、家族や奥さまのこと。現在の活動状況などを紹介していきます。

奇跡体験!アンビリバボー【知られざる世界を変えた日本人】詳細

定年を迎えた一人の日本人男性がある国を変え、世界をも変えた!

2002年に定年を迎えた一人の日本人男性。彼はある想いを抱えていた。

それは「カンボジアに行きたい」というものだった。男性は、2002年まで自衛官として勤務しておりカンボジアの悲惨な状況を目の当たりにしていた。

一番の問題である地雷、不発弾は600万個あるとされ、それにより畑を耕すことができず人々は貧しい生活を余儀なくされた。

男性は地雷、不発弾を処理する技術がありながらも自衛官としての任務に含まれなかったことから人々を救うことができなかった。

そんな葛藤を抱えながら退官したのちわずか3日後にはカンボジアに旅立ったのである。

しかし、数々の試練が男性を待ち受ける。

国を変えようとした男性の激動の半生!それを支える妻!

男性が下した決断が世界を変える!引用先:フジテレビ

これまでカンボジアの地雷についての報道や番組などは数多くありましたが、こうやって地道に個人で地雷撤去をされる方を知りませんでした。

今回の奇跡体験!アンビリバボーでは、そういった個人の方が地雷撤去をすることの難しさや大変さを紹介してくれるとあって、非常に楽しみにしています。

ちなみに、地雷は何を目的として作られたかご存知でしょうか?

それは「子供たちの手足を無くすために作られた」ということです。

子供たちの手足が無くなれば、兵隊になる数が減りますから、戦闘能力の低下が見込まれます。

この話しを聞いた時は、本当にゾッとしましたし、本当に戦争は無意味で残酷だと改めて感じました。

高山良二さんのwikiプロフや経歴

引用先:IMCCD

名前:高山良二(たかやまりょうじ)

生年月日:1947年

出身:愛媛県北宇和郡三間町(現宇和島市)出身

  • 高校卒業後の1966年に陸上自衛隊に入隊
  • 1992~93年、「カンボジアPKO」に参加、以降カンボジアに特別な思いを抱く
  • 2002年5月、定年退官と同時に「日本地雷処理を支援する会(JMAS)」に参加、理事
    カンボジア現地副代表として現地での不発弾処理活動の立上げを行う
  • 2004年9月、帰国。 愛媛でJMASの広報活動を行いながら地雷処理事業の立上げを準備
  • 2006年2月、カンボジアに再入国し地雷処理事業の立上げのための調査・現状把握を行う
  • 2006年6月~2010年12月、「住民参加型地雷処理活動」を同国バッタンバン州で実施
  • 2010年12月 JMASを退任
  • 2011年2月 カンボジア王国中央政府機関 CMAC(カンボジア地雷対策センター)より地雷処理技術顧問に任命
    同月、カンボジア王国バッタンバン州議会より、復興担当顧問に任命
  • 2011年7月 NPO法人「国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)」設立
  • 2014年6月 カンボジア王国タボンクモン州議会より、復興担当顧問に任命 引用先:IMCCD

高山良二さんはなぜ?カンボジアで危険な地雷処理をするのか?

高山さんがなぜ?カンボジアで危険な地雷処理をすることになったのか?その理由が、1992~93年「カンボジアPKO」に参加したことがすべての始まりだそうです。

当時、派遣されたカンボジアは地雷が多数埋められ、被害も甚大だったそうです。

地雷処理経験者の高山さんも、地雷処理に携わるべき立場で現地へ向かったわけですが、当時の日本の法律では、地雷処理をおこなう権限が与えられていなかったそうです。

高山さんは、当時の心境を以下のように話しています。

任期が終わり帰国する際、機内の小窓から、遠のいていくメコン河やヤシの木が点在するカンボジアの大地を眺めながら、「自分は、この半年間何ができたのだろうか」と、自問自答していました。その答えは、「何もできはしなかった」との悔しさであり、納得がいかない思いが残りました。「もう一度ここに戻って来よう。そしてやり残したことをやろう」と自分に誓いました。引用先:IMCCD

そして、その悔しさを胸に自衛官を辞めたあと、わずか3日でカンボジア行きの飛行機に乗っていたそうです。

現地についた高山さんは、世界初となる住民参加型の地雷処理専門という、誰もおこそうとしなかったことをたった1人でおこなっていくことになります。

高山良二さんの具体的な活動や現在の活動状況は?

写真での映像になりますが、村人である地雷探査員(デマイナー)と一緒に、地道に地雷を捜索している風景などが見られます。

高山良二さんの家族や奥さんは?

高山良二さんに奥さんがいることは確かですが、名前や画像などはわかりませんでした。

奇跡体験!アンビリバボーでは、奥さんも出演されるか、奥さんの体験などを紹介すると思います。

個人的には、高山さんも凄いですが、奥さんの労苦もかなりあったはずですから、奥さんの体験が知りたいところです。

わかり次第、追記します。

命がけの地雷処理・地雷探査員(デマイナー)

地雷処理をする場合、どこに地雷があるのか?どういった種類の地雷なのか?そういった情報を収集して地雷処理に役立てる地雷探査員(デマイナー)という方がいます。

この地雷探査員(デマイナー)は、特別な訓練をしてから任務にあたることが多いのですが、高山さんの場合は、現地の方を採用しているそうです。

カンボジアはまだまだ収入源を確保出来るほど仕事がないそうで、高山さんは、現地採用をすることで雇用を生み出していると。

ただ、そういった中でも、危険と隣合わせの地雷探査員デマイナーには命の危険も付きまとう。

2007年1月19日、推定8個ほどの対戦車地雷が爆発。

探査にあたっていた7人のデマイナーが殉職した。

高山さんは当時を振り返り「悔やんでも悔やみきれない。彼らの死を無駄にしないためにも、この活動を続けていきたい」と唇を噛み締める。それ以降、事故は起きていないそうですが、本当に危険な活動には変わりないです。

さいごに

高山良二さんが代表を務めるIMCCDは、支援金によって運営されているそうです。

支援金などの詳細はこちら

地雷撤去のために体を張る日本人がいること。

本当に誇らしいですね。

これからも高山良二さんとIMCCDを応援していきたいと思います。

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